演劇

シアタースコラ日誌ーその1ー

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どうも、りんこと吉田光です。

私、なんと本日より演劇の学校に入りました。
その名はシアタースコラといいます。

シアタースコラと、なぜ吉田が教わることを決意したか

シアタースコラは舞台芸術家の安本達也氏と、演出家の池田練悟氏が共同で主催している演劇の学校であり、第一回の長期クラスが本日開校されました。私はその第一弾の生徒として加わります。

主な講師は安本達也氏です。以下たつやさんと呼びますね。

たつやさんはイギリスで演劇を学んでいた方で、日本で教わることがなかなかない海外の技術をワークショップを通じて教えています。
去年も単発のワークショップを何度か受けましたが、非常に面白いし傷つけないし丁寧で文句なしの講師でした。

そして何より魅力的だったのが、「自分の世界を広げてくれる」という感覚です。

海外の思想があるから、というのもあるんでしょうが、達也さんのワークは基本的に人を否定することがありません。「それもある」とよく言います。これが俳優にとっては安心するんです。

俳優の活動をする中で誰しもが否定をよくされます。

  • それじゃだめだ
  • 台本が読めてない
  • ヘタクソ

などなど。
こういう言葉を言われたり、無言の圧力を感じることがよくあります。正直、言われることを避けて通るのは難しいでしょう。

というのも俳優は、というか俳優以外にもあると思うんですけど、「既存のシステムに乗れないと終わり」みたいな空気が流れています。だからこそ、俳優には売れてる/売れてないという尺度が存在し、それに比例して実力という属性もくっついています。

既存のシステムを否定するつもりはありません。正直実力の有無に関しては…まぁ否定は出来んなと思っています。全肯定はしませんが。ただ余程商業主義に走ってない、大きめ舞台に出演している演者は選ばれるべくして選ばれているなと思っています。その努力と献身は本物であるとは当然思っています。

とはいえ、その考え方に支配されてしまうと、上下という格差が存在する、みたいな風潮というか、暗黙の了解を痛感することになります。
私はどれだけ稼いでようが稼げてなかろうが関係なく、「俳優が一度舞台・カメラ前・マイク前に立った瞬間から、実力だろうが年齢だろうが格だろうが全て立場は平等であるべき」という考えがあります。

そんな私なので、「既存のシステムに乗れないと俳優名乗れないよ?」みたいな1次元的な考え方に窮屈さを覚えています。この言葉は創造性を狭める言葉だと思っています。少なくとも、俳優の技術向上を目的とする場において、こういうことは無くすべきである、と言うのが私の考えです。

本来、俳優、いやすべてのアーティストの評価軸は一次元的なものではなく、3次元、いや下手をすると4次元・5次元なものなのかもしれません。とにかくもっと多角的なものであると信じています。

たつやさんは俳優を「アーティスト」と称します。自身の芸術性を発揮するのに邪魔な要素を限りなく多く排除するようにうに、講師をしています。

この学校「シアタースコラ」では、アーティストを育てたい。
既存の”システム”に捕まって、どう生きたらいいかわからない若い舞台人をわたしはたくさん見た。
「私たちについて|シアタースコラ」より抜粋

そんな私の好みというか、方向性とたつやさんの哲学は結構似通っていることが多い、というのが教わるきっかけでした。
この人なら多次元的な見方で俳優、いやアーティストの感性を伸ばしてくれると、私は信じています。

めっちゃハードル上がってんね、たつやさん(ニヤニヤ)。

さて一回目で紹介された、アーティストの言葉たちがこちら

Ever tried.
Ever failed.
No matter.
Try Again.
Fail again.
Fail better.
By. Samuel Beckett

Artist must be allowed to go through bad period.
Must be allowed to do bad work.
By. David Sylvester

というわけで沢山失敗して、よりよい失敗をしようと思います。
これがアーティストが保証すべき権利なのですから。

それでは今後もスコラの日誌を書いていきますので、よければご覧ください。

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