演劇

シアタースコラ日誌 -その15(Journey②:足音を立てるな)-

     

どうも、りんこと吉田光です。

さてさて、シアタースコラの3カ月は終えたんですけども、書き途中というか書きたいけどあっためてきたものをちょくちょく出していこうかなと思います。

講師・たつや氏のこだわり

講師のたつや氏は体育会系ではありません。
いや、どうかな、ある意味では体育会系かもしれんが、少なくとも努力の強要とか生徒同士の比較をするとか生徒の表現を頭ごなしに否定するとか、そういう前時代的な指導をすることは決してありません。

とはいえ、こだわりはめっちゃあります。
この3カ月の間にとにかく口酸っぱく何度も何度も言われたことが幾つかあるのですが、そのうちの一つが「足音を立てるな」です。

流石に日常では言われませんが笑

ただ、ワークしている最中はほぼ必ずと言っていいほど口酸っぱく言います。

よくウォーミングアップで行うもので「空間を埋めるように歩く」というものがあり、歩く最中に走ったりもするので足音を立てがちなのですが、それでも「足音は立ててはならない」と言われます。足音を立てがちな時でも立てないよにいつでも釘を刺してきます。

他にも、三点倒立や倒立の練習をしていたのですが、倒立から戻る時に足を地面につける際にも「音を立てないように」と言われます。要はドシンとやらずに戻れということですね。因みにいまだに私はドシンとなります。

なぜ足音はNGなのか

さて3ヶ月間みっちり足音にアラートを鳴らされてきたおかげで、なんなら日常でも意識するぐらいのレベルになったのですが、なぜここまでこだわったのか。ぱっと見あんまりこだわってなさそうなあんちゃんなのに(実態は真逆なんですが)。

というわけで個人的な主観を綴ろうかと思います。
あくまで個人的な主観です。たつや氏から直接聞いたわけではありません。直接聞いてここに書いても別にいいんですけど、各々の感性と主観を広げるスコラのOBらしくないので、まずは自分で考えてみました。たつや氏の考えを聞きたければ、ご自身で本人に聞いてください。

私の中で理由は2つあります。

①単純に音として邪魔になり得る

まず一つに音として邪魔になりやすいこと。これは「足音が全て舞台にとって邪魔である」ということではありません。足音が効果的なのであれば、それは使うべきです。でもそうでないなら音は立てないべきです。

舞台演劇、いやお芝居において「音」とは非常に重要な要素です。音楽以外にも、俳優の発せられる音、小道具を扱う音、などなど全ての音から観客は舞台で描かれる世界に思いを馳せます。そこに作品で意図していない音は極力なくしたいのです。

例えばキャラクターとしての表現として足音を採用することも考えられますね。
そのキャラクターが巨大で力強いと表現するために、あえて足音を立てたりするなんてことも表現としてアリだと思います。
単純に高いところから着地する表現として足音を使うなんてこともやれそうです。

それ以外はなるべく無くしたい。
その足音のせいで、別にある効果的にしたい音が効果的でなくなってしまう可能性があるからです。

特に今回のシアタースコラでは「音」については扱いませんでした。
扱わなかったが故に、ディバイジングで創作する作品で「音は使わない」というルールが常に敷かれていました。

我々受講者は音に頼ることなく作品を創る過程で、如何に音が便利で、微細な音によって舞台の印象がガラリと変わるかというのを体験することができました。

②俳優の体が洗練されてない印象を抱かせる

もう一つの理由が、単純に足音が鳴ると「あんま体の訓練してないのかな?」とお客に印象を与えてしまいかねないからです。

もし機会があればごらんいただきたいのですが、良い舞踏作品や殺陣が多いアクション要素の入った作品では無駄な足音がありません。それはそれだけ動きが洗練されていることの証左であると、観客が実感できるのです。

もちろん一つ一つの動きを常にナイフのようにシャキンシャキンとさせる必要はありません。良い俳優の動きには無駄がありません。無駄がないと観客に感じさせるからこそ、観客は俳優の一つ一つの動きに想像を働かせることができるのです。

あなたはどう思いますか?

とまぁ、ここまでが足音に関する私の主観です。

偉そうなこと書きましたが、私は今でも普通に足音を立ててしまいますので、全然まだまだですね。せめて三点倒立から戻る時にもドシンとたてないぐらいにはなりたいです。

ここまで読んでみて、あなたは舞台における「足音」はどのように思いましたでしょうか?
そのあなたの主観や考えをぜひ伸ばしてみてください。

それでは。